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一般社団法人糸島市観光協会

歴史・史跡めぐり

  • 伊都国歴史博物館

    ここに来れば伊都国のすべてがわかる 市内の遺跡等で出土した、弥生時代を中心にした数多くの文化財を収蔵・展示している歴史博物館。なかでも、約1800年前に築造された国指定史跡「平原遺跡」の出土品(青銅鏡40面・鉄刀・瑪瑙管玉・ピアスなど。平成18年国宝に一括指定)は必見です。 3階の常設展示室には、上…

  • 芥屋の大門(国指定天然記念物)

    玄界灘にそそり立つ迫力の奇岩  芥屋の大門は、玄海国定公園の中でも名勝奇岩(六角形や八角形の玄武岩柱状節理)として全国的に知られる日本最大の玄武岩洞(日本三大玄武洞=芥屋の大門・唐津七ツ釜・兵庫県豊岡市玄武洞)で高さ64m、奥行90m、間口10mの洞窟は神秘的な景観を呈しています。 国の天然記念物に…

  • 桜井神社

    緑の中にたたずむ荘厳な雰囲気の建物群    寛永9年(1632年)に黒田二代藩主黒田忠之(ただゆき)公によって創建され、筑前国の信仰の拠点でありました。今日でも筑前の守護神として広く崇敬をあつめています。  三間社流造(さんげんやしろながれづくり)の本殿には豪華な装飾が施され、ほぼ同時期に建てられた…

  • 桜井二見ヶ浦(県指定名勝・日本の渚百選・夕陽百選)

    夕日の名所として名高いドライブスポット 伊勢二見ヶ浦が「朝日の二見ヶ浦」と称せられるのに対し桜井二見ヶ浦は「夕日の二見ケ浦」として有名です。玄界灘サンセットの名勝地の一つ。いにしえより桜井神社(県指定文化財)の社地として神聖な場所とされています。 四季を問わず大勢の人が訪れ、4月下旬~5月上旬の祝祭…

  • 志摩歴史資料館

    大陸との交流の歴史を一堂に展示 玄界灘に突き出た糸島半島は、古来から大陸や朝鮮半島との交易をはじめ、海を媒体とした他地域との交流が活発に行われたため、「海」に関係の深い遺物や遺跡が数多く発見されています。 常設展示室ではこの「海」を「住居」「生活」「交易」「信仰」「漁業」「干拓」「生産」「墓制」の8…

  • 平原歴史公園

    巨大銅鏡の里で古代の風を感じよう 日本最大の銅鏡「内行花文鏡」が出土した国指定史跡「平原遺跡」を中心に、出土品を再現した陶壁画や石堀ベンチを設置し、歴史公園として整備した自然に親しめる公園です。 秋になると地元有志の手で植えられたたくさんのコスモスが訪れる人の目を楽しませてくれます。天気の良い日はピ…

  • 雷山千如寺大悲王院

    約1300年の歴史を誇り、紅葉の名所としても名高い千如寺には、国の重要文化財である「木造千手観音立像」「木造清賀上人座像」をはじめ、福岡県の指定文化財である「木造多聞天像」、「木造持国天像」など数多くの文化財があります。 ●木造千手観音立像(もくぞうせんじゅかんのんりつぞう) 雷山の観音様として信者…

  • 一貴山銚子塚古墳

    糸島地方最大の前方後円墳 墳丘(ふんきゅう)の全長が103mで、糸島地方最大の前方後円墳です。4世紀後半に築かれたものと推定されており、国の史跡にも指定されています。 縦穴式石室からは多くの副葬品(ふくそうひん)が埋葬当時の配列を保ったまま、ほぼ完全な状態で出土しました。 その中でも特に注目を浴びた…

  • 一貴山の仁王門

       伝説の怡土七ヶ寺の一つ、夷巍寺の跡とされる二丈一貴山字一貴山には、江戸時代に再建された仁王門とともに、1対の金剛力士像が残されています。高さは2.8mほどあり、市の文化財に指定され、地元の一貴山集落の人びとによって大切に保存されています。  元は奈良時代に聖武天皇の勅を受けて、インドから渡って…

  • 石崎 曲り田遺跡

    日本最古級の稲作集落跡   稲作開始時期を知る貴重な手がかりとなった集落遺跡です。1979年の発掘調査で稲作の始まりを裏付ける土器群や石器、竪穴住居、支石墓、甕棺墓などが発掘されました。  この発見により、従来考えられていたよりもさらに古い時期から、わが国で本格的な稲作が開始されていた可能性が高まり…

  • 怡土城跡

    古代の歴史書にも記された巨大な山城  糸島市と福岡市との境にある高祖山の西斜面一帯に築かれた古代山城で、高祖山の急斜面から平地部にかけて「たすき」状に城郭を形成しており、中国式山城の築城法が採用されています。この背後には遣唐使として2度にわたって中国に渡海し、特に兵法に長じた吉備真備の影響がうかがえ…

  • 浮嶽神社

    3体の国指定重要文化財 信仰の場として知られる浮嶽の中腹には、浮嶽神社が奉られています。 この神社は奈良時代に聖武天皇の勅願により、インドからの渡来僧である清賀上人によって創建されたとされる怡土七ヶ寺の一つ、久安寺の後裔であり、収蔵庫には「木造仏座像」「木造地蔵菩薩立像」「木造如来立像」の、いずれも…

  • 釜塚古墳

    珍しい低地にある県下最大級の大型円墳(国指定史跡) 古墳時代中期(約1550~1500年前)に築造されたと考えられる円墳で、直径は約56m、高さは約10mになる巨大なものです。墳丘の周りには幅約8mの溝(周濠)が巡っており、それを含めると、外径は約72mにもなります。全て人工の盛土で造られており、現…

  • 唐津街道 前原宿

    新しい風も吹きだした旧宿場通り 糸島市の中心街である前原市街地は、江戸時代に唐津街道の宿場町として整備された町です。通りには旅籠や商店が建ち並び、出入国者のチェックを行う「関番所」が置かれるなど、福岡藩領の最西端に位置する宿場として重要な役割を果たしてきました。 国道202号の南側にある旧宿場通りに…

  • 狐塚古墳

    古墳時代中期の国指定史跡 曽根丘陵の東端部に位置する円墳で、約1650~1600年前(古墳時代中期)に造られたと考えられます。現在、石室と周溝は埋め戻されて見ることができませんが、説明版が設置されています。 墳丘の直径は33m、高さ4mで3段に造られています。もともとの高さは現状より1mほど高かった…

  • 旧藤瀬家住宅

    江戸時代の住宅を知る貴重な建物   糸島市神在にあった藤瀬家住宅は江戸時代に建築された建物です。平成12年に全面改築が計画されたため、教育委員会が調査を実施した結果、元文2(1737)年に建築されたものであることがわかりました。その後旧前原市教育委員会が解体された建築材を藤瀬家から譲り受け、平成17…

  • 志登支石墓群

    日本の支石墓研究の1ページを飾る貴重な遺跡 市北部の田園地帯にある支石墓群です。支石墓とは遺体を埋葬した上に支えとして小さな石を置き、その上に大きな上石を置く形式のお墓です。朝鮮半島によく見られる形式のお墓で、弥生時代初期に日本に伝えられました。 昭和28年(1953)に発掘調査が行われ、弥生早期か…

  • 新町遺跡展示館

    弥生時代の遺構を再現した展示館  昭和61年に初めて行われた発掘調査で発見され、稲作開始時期での初めての人骨出土として、人類学の上でも注目された「新町遺跡」の遺構を、その地で再現・展示した施設です。  弥生時代の支石墓(中国大陸や朝鮮半島でよく見られた、複数の石で構成された墓)や甕棺墓57基など、歴…

  • 銭瓶塚古墳 

    数多くの埴輪が出土した前方後円墳  曽根丘陵の中央部に位置し、約1650~1600年前(古墳時代中期)に造られたと考えられる前方後円墳です。  墳丘は前方部と後円部の一部を道路によって壊されていますが、全長約50m、後円部の直径約37m、高さ5m、前方部の長さ16mで、墳丘のまわりには幅約6mの周溝…

  • 鎮懐石八幡宮/萬葉歌碑

    九州最古の万葉歌碑が残る桜の名所 二丈地区随一の桜の名所として知られ、神功皇后にまつわる伝説の「鎮懐石(ちんかいせき)」をまつった神社です。その話に感銘を受けて山上憶良が詠んだ歌が万葉集にも記載されており、江戸時代にこの歌を記念して八幡宮の境内に建てられた歌碑が今も残っています。 九州では最も古い万…

  • 姫島と野村望東尼

    弾圧に耐え、志を貫いた幕末の女流歌人 玄界灘に浮かぶ糸島市唯一の離島・姫島には、野村望東尼(のむらもとに)の記念碑や彼女が幽閉されたお堂などがあり、島の風情と美しい自然もあいまって、訪れる歴史ファンが絶えません。 野村望東尼は俗名を「もと」と言い、幕末の女流歌人で福岡藩士の妻でもありました。高杉晋作…

  • 火山瑠璃光寺

    見晴らしも素晴らしい由緒ある寺院  玄界灘に面した火山(ひやま)の山頂近くに建つ古刹。インドから来邦した僧・清賀聖人が839年に開山したと伝えられ、その後荒廃していましたが江戸時代中期に雷山千如寺の僧・実相によって再興されました。  薬師如来が祀られているため地元では「火山薬師堂」として親しまれてお…

  • 白山神社

    神楽で知られる縁結びの神様   創建は保延7年(1141年)と伝えられ、古い歴史のある神社。5月の第2日曜日の春季大祭には市無形文化財指定の「福井神楽」が奉納され、五穀豊穣と大漁、無病息災、家内安全を願います。  10月の例大祭は体育の日の前日に行われ、風流な大名行列を先頭に、厄年を迎えた男たちが神…

  • 平家落人の里・唐原

    静かな山里で平家の悲話に思いをはせる 糸島市二丈の北部、標高約330mの山あいにある戸数6軒の小さな集落・唐原には、平家の落人にまつわる悲しい伝説が伝えられています。 平安時代の末、この唐原の里に平清盛の嫡男である平重盛の内室(妻)と二人の姫たちが逃げ延びましたが、安住の地を得たのもつかの間、源氏の…

  • 万葉の里

    引津の海にいにしえの人々の心を思う 波静かな引津湾に面した志摩船越の竜王崎(綿積神社境内)には万葉集の歌にまつわる万葉の里公園があり、万葉歌碑二基と万葉集に出てくる植物を集めた花壇や広場が整備されています。 今から約1,300年前、阿倍継麻呂を大使とする遣新羅使の一行が、新羅に向かう途中引津の亭に停…

  • 三雲南小路遺跡

    伊都国王の墓とも言われる巨大墳丘墓 この遺跡は江戸時代終わりごろに発見され(1号甕棺)、出土品のうち銅鏡1面と銅剣1本が博多の聖福寺に伝えられ国の重要文化財に指定されています。 最初の発見から150年後の昭和50年(1975)、新たに2号甕棺が発見され、銅鏡22面以上、ヒスイ製勾玉、ガラス製勾玉、管…

  • 木造阿弥陀如来座像(西林寺)

    国指定重要文化財   可也山のふもとにある西林寺所蔵の国指定重要文化財。平安時代後期恵心僧都の作といわれ、上品下生の座像です。  木造漆箔で高さ約108cm、螺髪は小粒で整然とし、静かに目を伏せた相貌は円満で豊かな頬と相まって阿弥陀如来の慈悲をよく表しています。 所在地 糸島市志摩御床355 拝観時…

  • 雷山神籠石

    今なお謎の多い古代の山城跡 雷山神籠石は雷山(標高955m)の北中腹、標高400 ~480 mの山中に築かれた古代山城です。その範囲は東西300m、南北700mほどで、現在残る遺構として谷の南北に築かれた水門とそれから東西に延びる列石群を見ることができます。 築造年代については、これまでの発掘調査の…

  • ワレ塚古墳

    今なお謎の多い前方後円墳   曽根丘陵の中央部に位置する国指定史跡です。古墳は前方部を北に向け、前方部が後円部に比べかなり低くなっています。古墳は宅地の造成などにより一部壊されています。  後円部は3段に造られていると考えられ、墳丘の斜面には葺石が施されていたと考えられます。また、墳丘のまわりには周…